Samstag, 30. April 2011
チンギス・ハーン
出発しても何度も何度も停まっていたけれど、列車内は意外にかなり心地よい作りだ。4人ベットずつに区切られていて、ガブと私とクレイグ、そして中国人のビジネスマンっぽい男性が一緒に。
なんだかんだとおしゃべりしたり、食べたり寝たりとしているうち、あっという間にモンゴルの首都、ウランバートルに到着.
中 国から到着した私たちは声をかけてくるモンゴル人たちに、思わず中国語でハローやありがとうを言ってしまい、何人ものモンゴル人がムスッとして『その言葉 は俺たちの言葉じゃない!!悪い言葉だ!!』と怒っていた・・・私たちも言葉を切り替えなければ。それにしてもモンゴル語は難しい...
ロシア語に似ているらしい。なかなか頭に入ってこない・・・
とにかく、ハローとありがとう、これはいくらですか?と数字くらいは覚えたいもんだ!
『チ ンギス・ハーン』この名前も、中学の歴史で聞いたことがある。そして歌にあわせて踊ったこともある...チンギス・ハーンはモンゴルの英雄!!彼に ついてもっと知らなくちゃ!!そして、相撲についてもね!白鵬もモンゴル人だよね???あれ??日本の相撲界は強いモンゴル人がたくさんいる .
ウランバートルでは、まずはテントではなく宿で・・・ということで宿探し.
モンゴルは物価が安い!と勝手に考えていた私たちは、予想外に高く、大ショック・・・
高いといっても、日本やヨーロッパの物価に比べたらまだまだ安いけれど、私たちにとっては高く、そして中国と比べると宿や食事代は2~3倍は高い!!!
物価が高いのは、ほとんどすべての物が輸入品であるためのようだ・・・
スベンが到着する前に、カザフキスタンのビザを取り、ロシアのビザももう一度確認。
ロ シアのビザ取得は自国以外での申請は特に難しいということで、結局スイスへ私たちのパスポートを送り、スイスのロシア大使館で申請せざる終えな く・・・モンゴルは2010年より日本国籍の者はビザなしで30日間滞在可能になり、日本人にとっては蒙古斑を確認しに来るのが楽に ...
ガブの幼馴染でもあるスベンもモンゴルに到着!!!一年ぶりの再会・・・
今回またまた彼と一緒 にモンゴルから一緒に旅をすることに...スベンはスイスを出発する前にガブのお母さんモニカから預かってきた、袋いっぱいに入った私たちの大好 物の食料を抱えてやってきた!!!スイスチョコ、チーズ、ロシティ、スベンからはスイスワインまでも!全てをテーブルに並べ、ガブも私 もニコニコ!!!!!!!!
母親という存在の暖かさに感謝!!!!!
ここウランバートルは首都ではあるけれど、20キロほど離れれば荒野が広がり、ゲルというテントで生活をする放牧民がまだまだたくさんいるという。
街中には、おしゃれをした男女がたくさんいて、特に女性はしっかりと化粧もしていてカワイコちゃんもたくさん!!
ここモンゴルも、町での生活と町から少し離れた場所での生活が見ないでも想像ができてしまう・・・
スベンもようやく中古の自転車をゲット!!
ビザの申請などにもいろいろ時間がかかり、これからの自転車の旅の準備中!!!モンゴルは中国と違って、いろんなところに人もいなければ店もない。水や食料のこともしっかり考えて準備しなくては・・・
道路状況は全ての人が声をそろえて、最悪だ!!というけれど、隠れなくても好きなところにテントを張って寝てもいいみたい...
気になるのは毎日の気温差・・・昨日はものすごい暖かかったと思うと、今日はものすごく風が強く、吹雪いていたりと気温差20度くらい****
とにかく体調だけには気をつけなくては!!
そうだ!!私たちの自転車、予定通り無事にモンゴルに遅れて到着...あぁ~本当によかった!!!後は、スイスから私たちのパスポートがロシアビザのステッカーが貼られて無事に到着するのを待って、出発!!!
Freitag, 29. April 2011
万里の長城からモンゴルへ
北京は大都市ではあるけれど、50キロほど走ると大きなビルはなくなり、すぐに田舎の風景が目に入ってきた。
万里の長城を中学のときに歴史の授業で聞いた以来、後は観光地というイメージしかなく、いつかは見てみたいとは思っていたけれど、わざわざそれだけのために行く気はまったくなかった。それがまさか自転車で観にいけるとは・・・
考えてみれば、古いものでは2千年以上も昔に建てられた世界遺産☆戦国時代に北の異民族に備えたり、内戦時の国境、モンゴルからの襲撃に備えるために建設された長城。長城といっても一直線ではなく、あらゆるところに建てられていて途中途切れている・・・
また、農耕民族の物産の交易所としても使われていたみたい!
北京から約70キロほど走ったところに長城らしき物が見えてきた☆
それにしてもここも山だらけ・・・北京の周りには山はないと勝手に思い込んでいたのが間違いだった・・・
初めに見えてきた長城の一部は再建されていて、形もしっかり長城だとわかる。もちろん、観光客も何人かいて急な長城を入場料を払って登っていた。
それにしてもものすごい急な登り・・・
私たちはここでは長城を横に見ながらさらに北へ走ることに!
山をかなり登ると、そこにも長城の一部が見えてきた。ここはかなり崩れているけれど、長城があったんだなということはわかる。
人も車も少なく、長城の横にある木々の後ろにうまく隠れることができ、テントで一晩★
せっかくだから長城に登ろうと、ごろごろ転がった石につまずきながら、強風にも飛ばされそうになり、横を見るとものすごい高さで少しちびりながらどうにかてっぺんへ!!!
さすがに景色は最高★昔はこんな景色を見ながら最高とは思えず、銃を持って敵を見張り、ものすごい荷物を抱えてこんな急な長城を命がけで上り下りしていたんだろうな・・・
北京から北に向かっていくと生活も全く違って、都市での生活、農家としての生活、そして貧富の差がものすごく目に入ってきた・・・
季節のせいもあるかもしれないけれど、この辺りはものすごく乾燥している!!!!風も強く埃まみれで、一日中ロバや馬を使って農作業をしている人たちの姿があらゆるところに。
機械を使って農作業をしている農家は片手で数えるほどしか見なかった。彼らからロバや馬をとったら、彼らは間違いなく食べていかれないんだろうな・・・
まだ中国内ではあるけれど、内モンゴルという地域がある。昔はモンゴルだったんだろうけど、今は中国。
この地域に入ると木々はなくなり、だだっ広い広野になり、なかなか隠れてテントを張れる場所が見つからなくなってきた・・・
毎 日毎日自転車には大敵の向かい風にやられ、、何度もハンドルを取られて倒れそうになりながら、ペダルを何度かこいでは止まらざる終えないほどの強風と砂嵐 に見舞われ、前を走るガブの姿さえも見えないほど★牛や羊が飛んでくるのではというくらいものすごい強風だった・・・
どうにかモンゴルの国境手前の町に到着☆
中国側からモンゴル側へは自転車や徒歩では国境は渡れないということで、ここからモンゴルの首都ウランバートルまで電車で行くことに。
ウランバートルでは、またまた一緒に旅をする私たちの友人SVENスベンがスイスからきて合流予定!!
それにしても国際線の電車のはずなのに、駅はいつも閉まっているし、切符売り場も閉まっていて、いつ電車が走るかも掲示板もない・・・
私たちが中国語やモンゴル語を話すべきなのかもしれないけれど、国際線の駅でも誰も英語を話さない。。。
どうにか片言で私たちの言いたいことが伝わり、二日後に電車があり、その日の朝に駅の反対側にある切符売り場が朝7時半から8時半くらいに開くから、そこにいけ・・・と。
とにかくそれを信じるしかない・・・
それまでの間に中国で私たちの自転車の修理するべき箇所を確認し、自転車屋に行くと、おじさん二人が私たちの自転車をものすごく適当に修理してくれたもんだから、修理する前よりもひどい状態になってしまった!!
ガブはトラウマになってしまったようで、これからは自分ではどうにもならない時だけ、修理に出す!!と、次の日も一日中自分で、修理に出してきたばかりの自転車をさらに修理することに・・・
月曜日の朝8時ごろ、モンゴル行きの切符を買いに切符売り場に行くと長蛇の行列が・・・もちろん、中国人もモンゴル人も普通にどんどん割り込んでくる!!
特に中国人・・・彼らにとっては割り込むことが当たり前、男も女も痰をあらゆる所に吐き出す、禁煙と書いてあっても暗黙の了解のように当たり前のように吸う☆
これも、彼らにとっては悪気がまったくないのだ!!これが当たり前で、彼らのルールはこうなんだ!!彼らの文化といってもいいのではないだろうか??
と、割り込みにも慣れてきた??私たちは腹が立つというよりあきれて笑えてしまう・・・
もちろん、カワイコぶってそれを見逃していたらきりがない!!割り込んでくる人を私も彼らのように押しのける・・・そうでもしないといつの間にか最後尾になりかねない。
と、それにしても切符売り場は一向に開かない・・・開くはずの予定時間よりも一時間以上遅れて、切符売りのおばちゃん二人が到着!!それも普通みたい・・・
そして、中国語で本日の切符は売り切れと、ラッキーなことに明日も電車があるということで、どうにか翌日の切符を人に押されながらゲット☆
私たちには自転車もあるから、貨物に乗せて運んでもらうのにこの手続きにもかなりてこずった!!とにかく私たちの乗る電車には貨物がないのか、荷物でいっぱいなのかはわからないけれど、同じ電車では自転車は運べないと!三日後なら貨物に乗せられると・・・
そ こからがまたまたわけのわからないやり取りで、どうにかその三日後の電車で後から自転車が私たちを追いかけてくることを信じ、半信半疑にお金を払い、い や、全く信じられないけれど、そうするしかなく、私たちは中国に自転車を置いて一足先にモンゴル行きの電車に乗ることに。
とにかく無事に到着してくれることを祈るのみ!!
これが本当のサイクリストで、20万や30万円の自転車だったらと思うと・・・
列 車は予想通り3時間以上も遅れて出発!!その前も国境越えのために、荷物やらパスポートの検査で我先に!!と、大きな荷物をバンバン人にぶつけな がら前へ前へというアホな人達を、切符売り場で出会ったイギリス人のクレイグと日本人の大学生まことくん君、そしてガブと私4人であきれながら見つめてい た・・・
この光景は中国だけではなくインドでも見た光景だ・・・
中国は今でも興味深い国。
とてつもなく大きな国で、一つの国ではあるけれどいろんな顔を持つ国。
行きたいところはまだまだあるけれど、今回自転車で走った雲南省や四川省はとてもよかった☆
もう一度行きたい、というところがたくさんあった!
中華料理は好きだけれど、油をたんまり使っているので、たまにでいいかな。
モンゴルは私のあまり得意ではない、ラム肉料理がたっぷりという・・・
とにかく、蒙古斑を持つのはアメリカンインディアン、モンゴル人、日本人だけのはず!!
先祖が同じか、近いことは間違いない!彼らのお尻を見にモンゴルへ・・・
Freitag, 8. April 2011
メッセージ
Mittwoch, 9. März 2011
大好きなおじいちゃん
中国に入ってなかなかインターネットが使えない・・・
インターネットを使うには中国人証明書の提示が必要。と、いうことは外国人の私たちは使えない・・・ラッキーなことに友人のパソコンを使って、久々にブログがかける・・・
ラオスで友人のJens&Zuzkaとうれしい再会。
そんな嬉しい再会のときにスイスのガブの実家から悲しい連絡が・・・
大好きな大好きなお爺ちゃん、ガブのお爺ちゃんが深い眠りについた。と・・・
築300年以上という博物館のような家に住んでいたお爺ちゃん。この家はガブの家族の別荘でもあって、クリスマスや正月は家族全員が集まる家。ガブと私は週末もよく遊びに行っていた。81歳で身の回りのこと全てを自分でやっていた。スキーだって、ピュンピュンときれいなフォームで滑っていた。
あと二週間もしないで82歳だった・・・方耳に大きな金のピアスをつけているお爺ちゃん。
がっちりと筋肉もしっかりついたお爺ちゃん。挨拶でハグをすると力強く笑って迎えてくれたお爺ちゃん。初めてお爺ちゃんに会ったときは日本にはスパゲティーがあるのか?フォークやナイフはあるのか?と・・・
日本からチョコレートを土産で持っていったときは、スイスチョコが一番、日本人がチョコを作れるはずがない!と、ベルギーチョコの会社でも働いていた爺ちゃんが、日本チョコを顔をしかめながら食べる・・・『旨い!!』スイスチョコより旨いかも・・・とバクバクと食べてくれたお爺ちゃん・・・
負けず嫌いで、家族でよくやったゲームではいつも本気で熱くなり、テーブルをよく叩いていたお爺ちゃん・・・
80歳のときに私たちの結婚式のために日本まで来てくれたお爺ちゃん・・・
スイスに帰ったら一緒に色んなことをしたいと思っていたのに・・・あの大好きな大好きなお爺ちゃんに、もう逢えないなんて。信じられない。信じたくない・・・
でも、元気なうちにあの世に行きたいと言っていたお爺ちゃん。誰にも世話はかけたくないと言っていたお爺ちゃん・・・きっと、これでよかったんだ★
今頃ワインでも飲みながらお婆ちゃん達と楽しくカードゲームでもしているんだろうな・・・
もう会えないと思うと悲しくて悲しくて辛いけれど、お爺ちゃんに出逢えたことだけでさえも、本当に感謝・・・大好きなお爺ちゃんありがとう!!
悲しい実家からの連絡の後、涙をたくさん流し、ラオスのルアンプラバンから三日間Jens&Zuzkaと一緒にさらに北部へ走った。
ガブと私はラオス北部から山だらけの道を走って中国へ。Jens&Zuzkaはベトナム経由で中国へ。一ヵ月後くらいに中国での再会を約束して・・・
山・山・山・・・
ラオスから中国へ!!
地図を見てわかってはいたけれど、ここは本当に山だらけ。
中国はそれにしてもデカイ!!!私たちは雲南省、中国のほんの一部を走り続ける。
辛い辛い道のりが毎日待っていたけれど、景色はもちろん最高!!そして、中国独特の古い家並みや民族にもたくさん出逢える☆どのように彼らが暮らしているのかがほんの少しだけど見ることができる。
中国でも、ちょうど休暇にあたったのかラッキーなことに何度か小学校で泊まることもできたり、道の脇の林で身を隠してテントを張って寝たりと・・・もちろん、中国のホテル(特に西側は東側に比べると)はまだまだ安く、200円から500円くらいでテレビもついて清潔な部屋に泊まることができる。
ここ中国でも、中国独特の素敵な古い建物が並ぶ村が少なくなり、残念ながら変な組み合わせの色を使った家(赤や青や黄色を一つの家につかっていたりと・・・)や異常にモダンな家が並ぶ町が多くなってきている。そして、色んなところで道路工事が行われていて全てが近代化してきている・・・
村の人たちにとってこの近代化はいいことなのだろうか、それとも昔からの文化が崩されることもたくさんあるだろうから反対意見もあるのだろうか・・・
でも、ここ中国では政府が決めたことに何もいえないのかもしれない・・・ここにトンネルを作るから退け!と言われたら、退くしかないのだろう・・・
山を走っていて驚いたのは、どんなに高い山でも山の頂上までバナナ畑や茶畑など、全てを畑として耕している。そして、働いているのは女性ばかり・・・
どこを見ても男はタバコと酒、そしてギャンブル漬け・・・昔は日本もそうだったのかな???
食!食!食!旅の醍醐味は食!!
中華料理を楽しみにしていた私たちはもちろん、毎日のように食を楽しんでいる・・・でもやっぱり油っぽいものばかり。本場のマーボー豆腐は何度かがっかりさせられたけれど、肉マンは本当に最高に旨い!!毎日走っていてもこんな食事ばかりしているので、痩せはしない・・・少なくとも私は。腿ばかりが太くなるばかり・・・(ガブは何故か痩せた。。。ズルイ!)
更に北へ走っていくとチベットとの国境近くになり、(中国のはずなのに何故か中国とは違うビザ&グループツアーが必要。きっと、金儲けのためでもあるのだろうけど)
ストゥパというチベット仏教の白い塔にチベットの旗を目にするようになり、その旗が風でなびき、その光景が青空にものすごくマッチしていてものすごく素敵!!
そんな景色がものすごく気に入った私たちは、さらに北へ走ることに・・・もちろん4500m以上の山越えが何度も待っているけれど、天候さえよければどうにかだりそうだ。ガブもいるしね!!
その前に、一週間ほど自転車とバイバイしてベトナムから中国入りをしたJens&Zuzkaに逢いに・・・
Samstag, 8. Januar 2011
山を越えてラオスへ・・・
今年も健康第一で、素敵な年になりますように・・・
約一ヶ月の休憩から自転車復帰!!
タイのビザが切れるギリギリまでとりあえず、安静にしていたのでタイとラオスの国境まで約500kmの山だらけの道のりを6日間で走らなくちゃ・・・
大好きなタイから出るのは悲しいけれど、以前から行ってみたいと思っていたラオスにやっと行けるのも楽しみ!!
タイには本当に親切な人が多く、ラッキーなことに寝所もテントを張るのに毎回許可してもらえ、しかも水浴びもできるし、トイレまで使えた!!
タイ北部では白米の代わりにもち米を食べるところが多く、指で団子のように丸めて辛い肉炒めなどにつけて食べる。これがまた旨い!!!止まらない!!!
年越しは小さな村で・・・自治会館のようなところの広場に小さなステージが設置され、9時くらいには村の人たちが集まってきて、東南アジアでは未だ大人気のカラオケと、若い女の子たち数人がステージの前の囲いでダンス(身体を少し揺らす程度・・・)、そしてその姿を囲いの外から突っ立って眺めている人たち・・・この光景は本当に不思議だった。
元旦には国境に近づき上り下りの激しい山道を必死にこぐ・・・どこを見ても山だらけ・・・せっかく上ったと思ったらまた下り、そしてまた急な登り・・・なぜェェェェェ~
自分で好きでやっていることだけれど、この時だけは本当になんでこんな辛いことやっているんだろ~??もう無理!!と思うことも多々と・・・でも、景色はすばらしいこともたくさん!
どうにか国境に予定通りビザ最終日に到着!!
と、銀行はもちろん、両替所もない・・・タイバーツはラオスでも使えるというけれど、全部で2千円ほどしかない。。。まぁ、どうにかなるだろうと走り続ける。
ラオスではLuangPrabang(ルアンプラバン)という大きな町で、他のルートを走っている友人Jenz&Zuzkaとの再会を果たすため、またまためまいがするほどの山道の連続を走りぬける・・・
ラオスに渡って小さな村を走り抜けると、そこはまだまだ貧が強く、掘っ立て小屋が並んでいる・・・鼻を垂らしたまま、古い洋服を着て裸足で歩く子供たち。”サバディ~”と挨拶をしてくる人たちもいれば、笑顔ひとつなく私たちの姿に驚いてか、ただただ私たちを見つめる人たち・・・
家には水道がなく、2~3kmほど先の川辺まで歩き、水を汲む人たち、水浴びをする人たち。
国境は渡って約70kmほどでメコン川に到着。そこには私たちが見た小さな村とは大きく違い、たくさんのホテルが建っている・・・しかも、一泊70ドル~100ドルとありえないほどの高額・・・この村の人たちの家や服装も、私たちが見た他の村とかなり貧富の差がある。
もちろん、私たちは観光客村には泊まらず、そこからボートを利用して、約3時間ほどで目的地のルアンプラバンに到着・・・
一週間ほど山の中にいたので、町に来ると一気に排気ガスが目と喉に入ってくるのがわかる・・・身体もかなり疲れていて、腿はパンパン(前からだけど・・・)肩はガチガチ・・・ここルアンプラバンでは少し休憩をすることに!!
この町も私が勝手に想像していた以上に観光地化されていて、川沿いの一角はすべてゲストハウスとレストラン。外国人しか居ないんではないかというほど・・・そしてもちろん私たちにとっては全てが高額!
テントを張るところもないし、少し離れたところに安宿を見つけ、そこで疲れた身体を癒すことに!!!あ~~~久しぶりのベット☆
Jens&Zuzkaとは連絡が取れず、彼らからのメールがないかインターネットを探しに行っている時に、見たことのある二人が自転車で走ってくる・・・”あ~~~~~”と、本当にラッキーなことに彼らがちょうどルアンプラバンに到着したところで再会!!
これからの計画を立てたり、自転車を洗ったりチェックしたりと、毎日あっという間に過ぎていく・・・
ここラオスではフランスパンを食べる習慣があり、私たちも朝はパンを買って贅沢にもチョコクリーム”NUTELLA”をつけて食べる・・・あ~幸せ☆
こんな日々をすでに6日ほど・・・3日間ほどJens&Zuzkaと走る予定で、そろそろ出発しようかと、そんなときに彼らが下痢P~にょに・・・時間はある。もう少し休んでから出発!!
ここからさらに北へ向かい、Jens&Zuzkaはベトナム経由で中国、そしてドイツまで。。。私たちは中国、そしてずるして電車&船を利用して日本に向かう予定!!
彼らとは中国で、またまた再会予定。楽しみがまた増える。
ここから先もさらに山が待っているみたいだけれど、どうにかなってほしい・・・自転車が壊れませんように!!この自転車で日本も走りたいんです!!
自転車で旅をしている人たちの自転車はものすごく頑丈そうで、当たり前だけどものすごく高い。彼らの自転車も一台20万円以上・・・ガブと私はサイクリストでもないし、全てを自転車で走りたいというわけではないから、気が向いたときにその国で安くてよさそうな自転車が見つかれば購入。もちろん、壊れることも高い自転車に比べれば多々・・・今回の自転車は三台目で約8000円くらい。本当にがんばって走ってくれている。
日本帰国もそんなに遠くない!!帰国してまず食べたいもの。納豆&日本の白米!まずはラオスと中国を少しでも見ること、知ることができればいいな・・・
Sonntag, 26. Dezember 2010
復活!!!???
のう胞というのが体内で化膿して、たまたま近くにあったのが臍の穴で、そこから膿が噴火!!毎日の病院通いと薬で大分よくなり、CTスキャンもしっかり撮って臓器系にも異常なし!!と、一安心・・・
さて、自転車でラオスに向かおうと考えていた前日、私の誕生日にまたまた臍の周りが筋肉痛っぽく。。。この痛みって、前に恐ろしい痛みに苦しめられたときの前兆と同じでは・・・と、大きな町チェンマイから離れる前にもう一度病院へ!!
うむむむ・・・先生にもよくわからない。筋肉が収縮しているのかも!!と、数日後にさらに痛みが悪化、もしくわ膿がまた出るようだったら大きな手術。。。と!!何もなければ、今までの生活と同じように暴れても、自転車で走ってもOK~!!
その後、臍を毎回チェックしながらまたまたチェンマイに滞在。少しまた膿は出てきたけれど、痛みはなく回復傾向・・・いずれにせよ、大きな手術をするのなら日本かスイスでやりたい!!
と、考えていたけれど、本当に復活!!
大事をとって、一週間ほどまたまた大人しく食っちゃ寝・・・の生活をして、ようやく明後日には自転車でさらに北部に向かえそう!!タイのビザもギリギリになって来たし、ラオスに向かわなければ・・・
ここタイでは、スイスで過ごしていたクリスマスとは違って、本当に素朴に普通の日を過ごした。ただ、ケーキは食べたいな~と、チェンマイの町を歩き回ったけど、私たちにとってお手頃でおいしそうなケーキは見つからず・・・結局、タイのスパイシーなご飯をいつも通り食べて終わっちゃった。
タイは仏教徒信者が多いけれど(日本よりもものすごい信者)、クリスマスの飾りつけはもちろん町にあったし、クリスマスの曲も色んな所で流れていた・・・日本もクリスマスはイベントの一つとして考えている人が多いんだろうけど。
今度は早くもお正月か・・・おせち料理、あまり好きじゃないけれど(栗きんとんだけ好き!)、日本人として、一度くらい作れるようになりたいな☆
今年ももうすぐ終わってしまう・・・遠くにいるけれど、私にとってはとっても近くで支えてくれている人たちに感謝です。今年もありがとうございました!!来年もよろしくお願いいたします☆
みんなが素敵な年を迎えられますように・・・来年は何年だっけ????
Samstag, 11. Dezember 2010
へそ噴火!!!
チェンマイはこの行事が大国内でも有名の地で、毎年大勢の人が集まり、千以上のランタンをいっせいに空へ飛ばす。私たちもせっかくだからということで、ランタンを購入しみんながいっせいにランタンを飛ばすという現場へ。。。
ランタンはライスペーパーで作られている、とはいえ火を付けるところはもちろん油を使っているので、野鳥には間違いなく良くないだろうな。。。と思いながらも、ほかの人たちと一緒にランタンを空へ放ってしまった!ごめんなさい!と思いながらも、予想以上のランタンの数に圧倒され、鳥肌が立つほどの光景☆これは感動。
もちろん中には火がライスペーパーに燃え移り、頭上に落ちてくるものも。。。危ない!!
でも、本当にきれいだった!!
チェンマイは古都で、バンコクに比べると小さく過ごしやすい街。私たちは毎日のように自転車を乗り回し、この街を満喫。ここを移動する前に自転車屋さんにも何度も行き、自分たちでは直せないものを直してもらいに。。。
バンコク、チェンマイと思いっきり食も堪能し、体も大きく育ち、いよいよ北部へ。。。
と、山道を少し甘く考えていたか道を選び間違えたのか、予想以上に急坂地獄!!!
スリランカでは半分くらい荷物をカウチサーファーの家に置かせてもらうことができたのだけれど、ここチェンマイには戻る予定ではなかったので、重たいバックパックを自転車の荷台にいつものように乗せて走る。。。辛い!!私、こんなに体力なかったっけ???と何度思ったことか。何度止まったことか。。。
急坂に加え、ガブのタイヤがスリランカ以来始めてパンクし、パンクなら自分たちで直せるからまだしも、次の日には私の自転車のスポークが二本も折れてしまった!!と、山道で自転車ごとヒッチハイク。
もちろん悲惨なことばかりではなく、自転車が壊れてくれたおかげで出会えた人たちもたくさん!!小さな村に住むタイの家族の家に泊まらせてもらい、家庭料理(この付近では、もち米を食べる!うまかった!)や魚釣りまでも楽しませてもらった★
翌々日には、私の自転車も無事に直りさらに北部へ。。。
タイ人に教えてもらった、お勧めの道へと!!この道があまりにひどい急坂&ガタガタ道で、何度自転車を押すことになるかも知らず。。。
この日はカウチサーファーのいるMae Sae(マエサエ)へと向かっていたのだけど、あまりにひどい道のりにガブも私もヘロヘロ。。。辛い辛い道のりを走り続け、諦めかけていた目的地にようやくたどり着いた!!
私たちを待っていてくれたカウチサーファーの女性は一度チェンマイでも会っていて、タイ人のとっても素敵な女性★到着した日はすでに暗く、いくら南国タイとはいえ、ここ北部山中は朝夜と結構冷え込み、彼女は薪に火をつけて私たちを迎えてくれた。
彼女は仕事を引退し、自分の夢でもあったHome Stayを旦那さんと始めたばかりのようで、しかも彼女たちのこだわりは昔のようにできる限り自給自足で無農薬の野菜を育て、自分たちの家やHome Stay用の家は全て土でつくり、洗剤、シャンプーなども自分たちで無農薬のものを作って使っている、全てに感心してしまう。。。
ガブも私も彼女たちのような生活にものすごく興味があるので、話もたくさん聞かせてもらった。本当に素敵な空間を彼女たちは作り上げていて、ものすごくのんびりとさせてもらった☆本当にRelaxにはお勧めの場所!!
。。。と、そろそろ次へと出発しようかとしていた前日。。。
ここ最近おへその左側が少し痛いな。と、筋肉痛だとずっと思ってた痛みがあった。そしてご飯もたっぷり食べられるし、大したことはないと・・・
しかし、この痛みが歩くのも辛いほどの痛みに変わり、急にへそからヘドロのようなものが・・・膿だ!!
へその周りも結構腫れ上がり、富士山のような形になってきてへそから噴火!!!
この痛みでは自転車は無理だ。。。ということで、山から三時間ほどかけてチェンマイまで医者に行くことに。
まずは彼女たちがお勧めの、自然治療を行う中国の漢方クリニックへ!
医者はわかりやすく説明してくれ、結局化膿がひどいということで抗生物質を摂取した後、漢方摂取とのこと。またまた山に戻り抗生物質を飲んで安静。三日経っても四日経っても一向に良くならず、むしろ痛みはひどくなるばかり。。。と、もう一度チェンマイに戻り、今度は大きい病院へ。。。
化膿の原因は嚢胞(のうほう)ではないかと言われ、菌は外からか体内からかはわからないと。これは日本に居たとしてもありえることと。
それにしても痛すぎる。。。先生早く何とかしてくれーーーと、何度叫びそうになったことか。
とりあえず超音波で化膿している範囲を撮影し、急遽小さな手術に!!
隣の普通の小さな部屋に連れて行かれ、部分麻酔と言って、炎症しているへそに何ヶ所か麻酔注射を打たれた。。。これがめちゃくちゃ痛い!!痛いに決まっている!
私が痛みのせいで医者を殴らないように看護婦さんが私の震える手を抑え、私は麻酔が本当にかかっているのか不安で不安で。。。
医者は大きなピンセットのようなものを使ってグリグリとへその中から膿を出そうとしている。。。
ギャーーーーと叫びたくなるほどの感覚。しかも炎症のせいで痛みがある場所がたくさんあって、麻酔が信じられない!!
と、地獄の短時間手術は終わり、変な汗をたっぷりかいた。。。
この怖い怖い手術だけでは全て膿を出し切れず、しかも他にも可能の恐れがあるところがあるかもしれないので、その場合は大きな手術が必要と。。。
とりあえずは、へそ周辺の残りの膿は違う抗生物質で消えることを祈り、その場合は手術も必要なく、化膿が止まり手術の傷口が閉じれば今までのように自転車も走ってOKだし、暴れてもOk!と。。。傷が残らないようにと先生はへそを切ってくれ、そこにガーゼを詰めて膿が出るようにしていて、そのガーゼを毎日取り替えに病院通い。。。これがまたまた痛い!!
ガーゼをへそから抜き出し、へその中をピンセットとガーゼで消毒した後、さらに新しいガーゼをへその中に入れ込む・・・拷問だ!!と、痛みには強いはずの私も毎日消毒後はヘロヘロ。
でも、強い抗生物質のおかげか、炎症もだいぶ治まってきて今は回復傾向!!
予定よりもかなり長い休憩になってしまったけれど、ここで全ての膿を出してしまいたい・・・!!
もう少しここチェンマイで膿を出し、またまた元気に自転車で日本に向かいたい!!