Samstag, 2. Juli 2011

世界で一番広い国

ロシアぁぁぁぁぁ自転車ダッシュ(走り出す様)

モンゴルとロシアの国境まで約300km・・・
今までに見たことのない大きな鷹が気持ちよさそうに翼を広げてモンゴルの広い空を飛んでいる。
鶴・・・折り紙では何度も折ったことがある鶴、でも考えてみたら本物をちゃんと見たことがなかったかも目ここ、モンゴルで野生の鶴をたくさん見ることができた。彼らはものすごく姿勢がよくて格好いい指でOK
モンゴルの大自然を走り抜ける・・・主要道路といっても、道じゃないような道。
未舗装で、ひどいときは石がゴロゴロ、ビーチのように砂だらけ・・・と自転車を降りて押さなければいけないことも多々ふらふら
仕舞いには橋のない川が主要道路をまたいで流れていて、四輪駆動の車でも渡るのが大変なほど・・・さて、どうする??
大きなトラックが川のど真ん中に止まっていて、ここ西モンゴルに多く住むカザフキスタン人が私たちを手伝う!と・・・もちろん、ものすごい金額を要求ダッシュ(走り出す様)そして全員が酔っ払いとっくり(おちょこ付き)私たちの荷物を勝手に持っていこうとするわ、手助けというよりも、お金お金お金がまん顔
こんな人たちにお金を払って手伝ってもらうより、どうにか自分たちで川を渡ったほうがいい!!どうにかしつこい彼らから逃れ、自分たちで数本流れる川を一日かけて、荷物や自転車を担ぎ腰まで水につかりながら三人で必死に渡る・・・あせあせ(飛び散る汗)

モンゴル最後の小さな村では期待はずれで、もしくわ予想通りか、またまた酔っ払いも多く、外国人に対して多額を請求してきたり。とがっかり・・・
それでも、優しい人たちもたくさんいる!
小さな店で食料を買いだめしていると、そこの家族の家に一泊させてもらえることにあっかんべー
お茶や茶菓子をご馳走になる。そして寝床に着こうとする夜11時30分ごろ、夕飯だ!!!と言って、羊丸ごと一匹をお膳に山羊座山羊座山羊座
肉は茹でただけで、本当に肉のみ!
ラムが苦手な私たちは生つばゴックン・・・冷や汗心の中で悲鳴をあげながら、笑顔で感謝・・・
彼らは目ん玉からお尻までものすごくきれいに食す山羊座
お父さんが私に手渡ししてくれたのは心臓。肉にくしいのが苦手な私は、とにかく味あわないように飲み込む。げっそり
次に待っていたのが目ん玉目これがうまいんだ!!と言って、何故だかまたまた私にくれようと・・・それはさすがに!!奥様に上げてください!!!と必死にジェスチャーで伝えるあせあせ(飛び散る汗)彼らの子供は4人。一番下の女の子と男の子は、6歳と8歳。彼らも大人と同じように手で肉を丸づかみでむしゃむしゃと山羊座食文化の違いでもあるけれど、彼らは肉を本当によく食べる。
次の日はやっぱり、胃もたれし、口の周りも洋服もすべてがラムのにおい・・・
料理の仕方で匂いも全くないラムもあるけれど、自らラムは買わないだろうな・・・
彼らの生活を少し覗かせてもらい、優しさをまたまた頂きました乙女座

ここモンゴルでもまた改めて感じさせられたのは水の大切さ。
蛇口をひねれば水が出て、ガスの元栓を開けばガスが出て料理ができる。店に行けば色んな種類の野菜や肉、果物が売っていて好きなものが選べる。スイッチを押せば明かりがつく。
こんな生活に慣れてしまっている私たちは、少しでもこれらが手に入らないと不便に感じる。当たり前って本当に怖い。
ここで改めて、色んな事や物にありがたいと感じることができた。それでも、日本やスイスに帰って同じ生活に戻るとこの気持ちを簡単に忘れてしまい、当たり前になってしまう・・・
そうならないように、ガブとお互いに指摘し合っていきたいダッシュ(走り出す様)

モンゴルのガタガタ道を走り抜け、ようやくロシアとの国境に自転車
ロシアの観光ビザは自国以外で取得するのが難しく、私たちも結局モンゴルから私たちのパスポートをスイスに送って、多額を支払い、ようやく取得指でOK手間がかかった分、思いっきりロシアを満喫しなくては・・・
予想外にもロシア側での入国審査もスムーズに進み、道もすべて舗装されていて、自転車もびゅんびゅん飛ばせる自転車ダッシュ(走り出す様)自転車ダッシュ(走り出す様)自転車ダッシュ(走り出す様)

ロシアに入っても、アジア人のような顔立ちの人がたくさん・・・ボケーっとした顔
まさか、私もモンゴル人に間違えられてもロシア人に間違えられるとは思ってもいなかった・・・この広~い国の、ほんのほんの一部私たちが自転車で走っているアルタイ地域は、アジア人の顔をしている。
ロシア語も全く話せない私たちを彼らは優しく受け入れてくれている。
モンゴルとの国境からあまり離れていないロシア側では、モンゴルではなかなか手に入らなかった食料もたくさん売っていて、私たちも目を輝かせてバクバク頬張るブタ
チーズもなかなかうまく、チーズ好きのスイス人のガブとスベンも大満足。
パンとチーズ、トマトを買って、途中でサンドイッチにして食べていると、私と同じような顔をしたロシア人が家に招待してくれ、コーヒーやお茶菓子、手作りの固いチーズやジャムなどをご馳走してくれた目がハート
こんな出逢いが本当にありがたい・・・
彼らの家は小さな作りで、台所がものすごくかわいいハート達(複数ハート)庭には家庭用の野菜を育てている家が多い。
そして、ロシア人はサウナ好きが多いようで、家の庭に小さなサウナ小屋がある家庭がたくさんうれしい顔

モンゴルからロシアに入って、またまた景色が変わる・・・目
緑が多くなり、川の近くで毎日のようにテントを張って寝る眠い(睡眠)
景色もものすごくきれいで、スイスやカナダの景色とも重なる・・・
川の横で火を焚いて夕飯を作っていると、週末にキャンプを楽しんでいるロシア人からロシアウォッカと夕飯に招待され、言葉が通じなくても、ジェスチャーだけで会話ができ、楽しい夜をすごした目がハート
ウォッカと言えばロシアとっくり(おちょこ付き)彼らはもちろんストレートで飲み、強い!!
彼らの住む場所が、2~3日後に私たちが自転車で到着予定のBiyskビスクという大きな町で、SashaサシャとOksanaオクサナという夫婦が、ビスクに到着したら泊まりにおいで!!サウナもあるよ!!とハート達(複数ハート)もちろん、ロシア語とジェスチャーで!!

到着後、早速彼らに連絡をすると、嫌な顔ひとつせず、初めてであったときと同じように笑顔で汗臭い私たちを家に迎えてくれたわーい(嬉しい顔)
小さなかわいいお家で、庭には自分たちで建てたロシア式サウナが!!そして、たくさんの野菜やイチゴを育てているクローバー
家庭料理を横で少しお手伝いしながら、レシピをしっかり盗み、ビールを味わいながらサウナに入って汗を流し、庭になるきゅうりやトマト、ピーマンやサラダをもぎ取って贅沢にもそのままいただくわーい(嬉しい顔)
うまい!!私もこんなお家が欲しいな・・・こんな庭が欲しいな・・・と

彼らの優しさは本物で、本当に心地よかったハート達(複数ハート)
ありがとう!!!
ここ大きな町ビスクで、スベンの自転車を修理し、カザフキスタンなどの情報やここからカザフキスタンまでの道のりをチェック指でOK
自転車から降りて、少し休憩ダッシュ(走り出す様)

Mittwoch, 8. Juni 2011

空に近い国

手を伸ばせば届きそうなあおい空、雲なんか本当に触れそう・・・
ものすごく空が近い!!!
余計なものがないからなのかもしれない。
余計な音もしない。風の音や鳥の鳴き声がものすごく響いている・・・モンゴルはそんな国。

モンゴルの首都、ウランバートルで私たちのロシアビザスティッカーが張られたパスポートをスイスから届くのが予定以上に遅れ、かなり長い期間ウランバートルで足止めに・・・

ようやくパスポートも無事に届き、夜行電車に私たちの自転車を乗せ、モンゴルで二番目に大きいといわれている街、エルデネットへ。
三週間ほど自転車をこいでいなかったせいで筋肉がおかしくなってしまったのか、その休暇中に私の腰がおかしくなってしまった・・・
やっとのことウランバートルを脱出できるというのに、列車に乗るときには歩くのも横になるのも、かなり辛い腰痛に襲われ、夜行列車内ではアルプスの少女ハイジにでてくる、クララ(良く言いすぎです・・・)のように足を自力では動かすこともできなくなってしまった。。。
急にこんなひどい腰痛に襲われ、ガブに靴下や靴を履かせてもらうまでに・・・自転車の旅が続けられるのか???とかなり不安に・・・

エルデネットでとりあえず二日間ほど休むことに。調子の悪かったガブとスベンの自転車を大きな町を離れる前に修理するのと、私の腰の復活を祈って・・・
二日後には腰もだいぶよくなり、横になったり座ったりしているよりも動いているほうが楽なことがわかり、食料と水を買い込んで自転車の旅、再出発!!

腰の痛みはやっぱり自転車をこいでいるほうが楽になった・・・あの痛みは何だったんだろう???

出発してすぐにスベンが体力不足と膝の痛みを訴え、彼だけが何度か自転車ごとヒッチハイクをして、何十キロか先で待ち合わせをした。
街を少し離れると車も見かけることが少なくなり、食料や水のことを配慮して、しっかり地図で川や村がある場所を確認しておかないと、本当に何もなくなってしまう・・・

それにしてもこんなに自然に手をつけていない国は、世界中を捜しても少ないのではないだろうか・・・大きな土地を持ち、人口が少ないせいもあるのだろうけど。
空は真っ青で、空気もうまい!!!馬や牛、羊やヤギ、ラクダまでがのびのびと暮らしているように見える。
モンゴルはキャンプ王国といっていいほど、いたるところでテントを張れる場所が見つかる。
もちろん、ヨーロッパ人を見つけたら間違いなく人が集まってしまうので、人目に付かない場所を私たちは探すようにしているけど・・・
それでも、夜(10時くらいまで明るい)や朝にはどこからともなく、馬に乗った牧夫が私たちの前によく現れる!!そして、ものすごい数のヤギや羊も近くに・・・

トイレはもちろん、大自然の中で!!ここモンゴルも他のアジアの国と同じように、一般的に公共のトイレはものすごく汚い☆外で用を足すほうがよっぽど気持ちがいいのだ!!

モンゴルの景色は絵や写真のようで、私たちが絵に入り込んだよう・・・夜はもちろん、プラネタリウム以上の満天の星空・・・
ただ、道路はまだまだ未舗装で、毎日毎日ガタッガタッと全身を揺らし、時には砂漠のように砂だらけの道で、自転車を降りて押さなければいけないことも・・・
天気は温かくなったと思ったら、5月になっても雪やあられに襲われたり、コロコロ変わる・・・
自転車をこぐのに一番辛いのは向かい風☆毎日風が私たちを襲う・・・

でも、自転車で旅をしているからこそ見ることができる景色がたくさんある!!
モンゴルの人たちも優しい人が多い。ただ、お酒問題がどこに行っても目に付く!!特に男の人たちだけど、町でも村でもどこに行ってもウォッカのビンを懐に入れていて、ベロンベロンに酔っ払っている人が多い☆それも、半端じゃない酔い方・・・
勝手に酔っ払っているならいいけど、人に絡んでくる・・・
ウォッカが安すぎるのがいけないんだ!!大きなビンで安いものは、4百円~5百円くらいで買えちゃう・・・
自転車を走っていても、ゴミが落ちていると思えばほぼ間違いなく。ウォッカの瓶☆

小さな村を見つける度に食料の買出しをする。
夜は毎回自分たちで温かいものを料理。手に入るものが決まっているし、何十キロもの食料は毎回運べないので、大体は同じようなメニューになってしまうけれど、毎回食事は楽しみ☆★

西へさらに向かって走る・・・
ただ問題は、モンゴルも大きすぎて私たちのビザ期間ではのんびり走っていられない。
途中は砂漠のように砂だらけで、小さなお店も川もなく本当に乾燥地帯・・・そこでどうにか距離を稼ぐために、ヒッチハイクをすることに!!
といっても、本当に車を見かけない・・・
私たちが走っているときに同じ方向を走る車を、約一週間ほど一度も見かけなかった。
長距離トラックがよく走るという道まで走って、ようやく何台か車を見かけたけど、すべて反対方向に行く車!と、何日か辛い道のりは走っているとようやく夜中ではなく、夕方になんとも大きな三台のトラックが!!!!
ありがたいことに私たちを約280kmほど先の大きな町まで、乗せてくれるということに☆
何時間くらいかかるんだろう。。。???
この道だし、トラックだし最低6時間か8時間くらいはかかるだろうなーと、三人で勝手に想像。
何時につく予定ですか???時計を見せてくれると、今から約4時間ほどの時間。
そんなに早いのか???いいえ!!!!次の日のその時間!!!
ということは今から、15時間以上???ありえる??ありえるんです・・・
途中、数時間ほどの仮眠と何度か起こったタイヤのパンク修理で、結局町についたのはヒッチハイクをしてから20時間後・・・彼らにとっては当たり前なんです。仕事なんです。
私たちはヘロヘロになりながらも、280kmほどもワープできたのだから本当にありがたい!!
彼らはウランバートルと私たちが到着したウランゴンと言う町を行ったり来たりする運送の仕事をしているようで、毎回片道50時間から60時間かけてトラックを走っているという・・・
すごすぎる★

ここウランゴンで何日かボロボロの膝と腰を休めて、大量に食事を買い込み、約10日間ほどでロシアとの国境に入る予定!!ここからはおなじもんごるでも、少し違う人種の人たちが住んでいて、景色も違うという。楽しみ!!

それにしても久しぶりのインターネット。
早速、日本の大震災のニュースをチェック・・・自転車を走りながらもずっと考えていた。
中国やウランバートルで出会った何人かの旅人たちの中には、日本行きを予定していたけれど、今は旅をするのにはいい時期じゃないということで、泣く泣くキャンセルしたという人がいた。
それでも、すぐにでも時期を見て絶対に行きたいという人がたくさん。
逆に、私たちの友人スベンは日本にはもう一生行かない!魚なんてすべて茶色い目をしていて被爆しているに違いない・・・なんて。友人の口からこんなことを聞くなんてかなり悲しいけれど、第三者だから言えること。何も知らないからいえること。
実際に被害にあった人たちがどんな気持ちで立ち上がろうとしているか・・・
私も含めて、第三者は特にそして海外ではどんな風に情報が流れているかはわからないけど、テレビや新聞、インターネットからの情報のみ。みんな言いたい放題・・・
人それぞれ考え方は違うけれど、スベンのような考え方の人たちもたくさんいると思うと悲しい★
もちろん出会った人の中には、他の国だったら間違いなく立ち直ることもできないだろうけど、日本だからこそ、間違いなく立て直せることができる!!といってくれる人も!私自身も、ガブもそう思っている。そして祈っている。

明日は早速、ウランゴンを出発してさらに西へ・・・

昨日はここウランゴンに住んでいるという、アメリカ人家族に道で会い、夕飯に招待してもらった☆しかも、私たち三人が夢にまで見た★ピザ☆
本当にうまかった!!私はよく、納豆の夢を見る・・・スーパーに行って売り切れ!という夢・・・
日本に帰ったら、うまい日本米と納豆をこれでもかっ!って言うほど食べたい!!!!

Samstag, 30. April 2011

チンギス・ハーン

やっとのこと出発した中国からモンゴルへの列車・・
出発しても何度も何度も停まっていたけれど、列車内は意外にかなり心地よい作りだ。4人ベットずつに区切られていて、ガブと私とクレイグ、そして中国人のビジネスマンっぽい男性が一緒に。

なんだかんだとおしゃべりしたり、食べたり寝たりとしているうち、あっという間にモンゴルの首都、ウランバートルに到着.

中 国から到着した私たちは声をかけてくるモンゴル人たちに、思わず中国語でハローやありがとうを言ってしまい、何人ものモンゴル人がムスッとして『その言葉 は俺たちの言葉じゃない!!悪い言葉だ!!』と怒っていた・・・私たちも言葉を切り替えなければ。それにしてもモンゴル語は難しい...
ロシア語に似ているらしい。なかなか頭に入ってこない・・・
とにかく、ハローとありがとう、これはいくらですか?と数字くらいは覚えたいもんだ!

『チ ンギス・ハーン』この名前も、中学の歴史で聞いたことがある。そして歌にあわせて踊ったこともある...チンギス・ハーンはモンゴルの英雄!!彼に ついてもっと知らなくちゃ!!そして、相撲についてもね!白鵬もモンゴル人だよね???あれ??日本の相撲界は強いモンゴル人がたくさんいる .

ウランバートルでは、まずはテントではなく宿で・・・ということで宿探し.
モンゴルは物価が安い!と勝手に考えていた私たちは、予想外に高く、大ショック・・・
高いといっても、日本やヨーロッパの物価に比べたらまだまだ安いけれど、私たちにとっては高く、そして中国と比べると宿や食事代は2~3倍は高い!!!
物価が高いのは、ほとんどすべての物が輸入品であるためのようだ・・・

スベンが到着する前に、カザフキスタンのビザを取り、ロシアのビザももう一度確認。
ロ シアのビザ取得は自国以外での申請は特に難しいということで、結局スイスへ私たちのパスポートを送り、スイスのロシア大使館で申請せざる終えな く・・・モンゴルは2010年より日本国籍の者はビザなしで30日間滞在可能になり、日本人にとっては蒙古斑を確認しに来るのが楽に ...

ガブの幼馴染でもあるスベンもモンゴルに到着!!!一年ぶりの再会・・・
今回またまた彼と一緒 にモンゴルから一緒に旅をすることに...スベンはスイスを出発する前にガブのお母さんモニカから預かってきた、袋いっぱいに入った私たちの大好 物の食料を抱えてやってきた!!!スイスチョコ、チーズ、ロシティ、スベンからはスイスワインまでも!全てをテーブルに並べ、ガブも私 もニコニコ!!!!!!!!
母親という存在の暖かさに感謝!!!!!

ここウランバートルは首都ではあるけれど、20キロほど離れれば荒野が広がり、ゲルというテントで生活をする放牧民がまだまだたくさんいるという。
街中には、おしゃれをした男女がたくさんいて、特に女性はしっかりと化粧もしていてカワイコちゃんもたくさん!!
ここモンゴルも、町での生活と町から少し離れた場所での生活が見ないでも想像ができてしまう・・・
スベンもようやく中古の自転車をゲット!!
ビザの申請などにもいろいろ時間がかかり、これからの自転車の旅の準備中!!!モンゴルは中国と違って、いろんなところに人もいなければ店もない。水や食料のこともしっかり考えて準備しなくては・・・
道路状況は全ての人が声をそろえて、最悪だ!!というけれど、隠れなくても好きなところにテントを張って寝てもいいみたい...
気になるのは毎日の気温差・・・昨日はものすごい暖かかったと思うと、今日はものすごく風が強く、吹雪いていたりと気温差20度くらい****
とにかく体調だけには気をつけなくては!!

そうだ!!私たちの自転車、予定通り無事にモンゴルに遅れて到着...あぁ~本当によかった!!!後は、スイスから私たちのパスポートがロシアビザのステッカーが貼られて無事に到着するのを待って、出発!!!

Freitag, 29. April 2011

万里の長城からモンゴルへ

北京を出発して中国とモンゴルの国境に向かって自転車をこぐ!!
北京は大都市ではあるけれど、50キロほど走ると大きなビルはなくなり、すぐに田舎の風景が目に入ってきた。

万里の長城を中学のときに歴史の授業で聞いた以来、後は観光地というイメージしかなく、いつかは見てみたいとは思っていたけれど、わざわざそれだけのために行く気はまったくなかった。それがまさか自転車で観にいけるとは・・・
考えてみれば、古いものでは2千年以上も昔に建てられた世界遺産☆戦国時代に北の異民族に備えたり、内戦時の国境、モンゴルからの襲撃に備えるために建設された長城。長城といっても一直線ではなく、あらゆるところに建てられていて途中途切れている・・・
また、農耕民族の物産の交易所としても使われていたみたい!

北京から約70キロほど走ったところに長城らしき物が見えてきた☆
それにしてもここも山だらけ・・・北京の周りには山はないと勝手に思い込んでいたのが間違いだった・・・
初めに見えてきた長城の一部は再建されていて、形もしっかり長城だとわかる。もちろん、観光客も何人かいて急な長城を入場料を払って登っていた。
それにしてもものすごい急な登り・・・
私たちはここでは長城を横に見ながらさらに北へ走ることに!
山をかなり登ると、そこにも長城の一部が見えてきた。ここはかなり崩れているけれど、長城があったんだなということはわかる。
人も車も少なく、長城の横にある木々の後ろにうまく隠れることができ、テントで一晩★
せっかくだから長城に登ろうと、ごろごろ転がった石につまずきながら、強風にも飛ばされそうになり、横を見るとものすごい高さで少しちびりながらどうにかてっぺんへ!!!
さすがに景色は最高★昔はこんな景色を見ながら最高とは思えず、銃を持って敵を見張り、ものすごい荷物を抱えてこんな急な長城を命がけで上り下りしていたんだろうな・・・

北京から北に向かっていくと生活も全く違って、都市での生活、農家としての生活、そして貧富の差がものすごく目に入ってきた・・・
季節のせいもあるかもしれないけれど、この辺りはものすごく乾燥している!!!!風も強く埃まみれで、一日中ロバや馬を使って農作業をしている人たちの姿があらゆるところに。
機械を使って農作業をしている農家は片手で数えるほどしか見なかった。彼らからロバや馬をとったら、彼らは間違いなく食べていかれないんだろうな・・・

まだ中国内ではあるけれど、内モンゴルという地域がある。昔はモンゴルだったんだろうけど、今は中国。
この地域に入ると木々はなくなり、だだっ広い広野になり、なかなか隠れてテントを張れる場所が見つからなくなってきた・・・
毎 日毎日自転車には大敵の向かい風にやられ、、何度もハンドルを取られて倒れそうになりながら、ペダルを何度かこいでは止まらざる終えないほどの強風と砂嵐 に見舞われ、前を走るガブの姿さえも見えないほど★牛や羊が飛んでくるのではというくらいものすごい強風だった・・・
どうにかモンゴルの国境手前の町に到着☆

中国側からモンゴル側へは自転車や徒歩では国境は渡れないということで、ここからモンゴルの首都ウランバートルまで電車で行くことに。
ウランバートルでは、またまた一緒に旅をする私たちの友人SVENスベンがスイスからきて合流予定!!
それにしても国際線の電車のはずなのに、駅はいつも閉まっているし、切符売り場も閉まっていて、いつ電車が走るかも掲示板もない・・・
私たちが中国語やモンゴル語を話すべきなのかもしれないけれど、国際線の駅でも誰も英語を話さない。。。
どうにか片言で私たちの言いたいことが伝わり、二日後に電車があり、その日の朝に駅の反対側にある切符売り場が朝7時半から8時半くらいに開くから、そこにいけ・・・と。
とにかくそれを信じるしかない・・・
それまでの間に中国で私たちの自転車の修理するべき箇所を確認し、自転車屋に行くと、おじさん二人が私たちの自転車をものすごく適当に修理してくれたもんだから、修理する前よりもひどい状態になってしまった!!
ガブはトラウマになってしまったようで、これからは自分ではどうにもならない時だけ、修理に出す!!と、次の日も一日中自分で、修理に出してきたばかりの自転車をさらに修理することに・・・

月曜日の朝8時ごろ、モンゴル行きの切符を買いに切符売り場に行くと長蛇の行列が・・・もちろん、中国人もモンゴル人も普通にどんどん割り込んでくる!!
特に中国人・・・彼らにとっては割り込むことが当たり前、男も女も痰をあらゆる所に吐き出す、禁煙と書いてあっても暗黙の了解のように当たり前のように吸う☆
これも、彼らにとっては悪気がまったくないのだ!!これが当たり前で、彼らのルールはこうなんだ!!彼らの文化といってもいいのではないだろうか??
と、割り込みにも慣れてきた??私たちは腹が立つというよりあきれて笑えてしまう・・・
もちろん、カワイコぶってそれを見逃していたらきりがない!!割り込んでくる人を私も彼らのように押しのける・・・そうでもしないといつの間にか最後尾になりかねない。

と、それにしても切符売り場は一向に開かない・・・開くはずの予定時間よりも一時間以上遅れて、切符売りのおばちゃん二人が到着!!それも普通みたい・・・
そして、中国語で本日の切符は売り切れと、ラッキーなことに明日も電車があるということで、どうにか翌日の切符を人に押されながらゲット☆
私たちには自転車もあるから、貨物に乗せて運んでもらうのにこの手続きにもかなりてこずった!!とにかく私たちの乗る電車には貨物がないのか、荷物でいっぱいなのかはわからないけれど、同じ電車では自転車は運べないと!三日後なら貨物に乗せられると・・・
そ こからがまたまたわけのわからないやり取りで、どうにかその三日後の電車で後から自転車が私たちを追いかけてくることを信じ、半信半疑にお金を払い、い や、全く信じられないけれど、そうするしかなく、私たちは中国に自転車を置いて一足先にモンゴル行きの電車に乗ることに。
とにかく無事に到着してくれることを祈るのみ!!
これが本当のサイクリストで、20万や30万円の自転車だったらと思うと・・・

列 車は予想通り3時間以上も遅れて出発!!その前も国境越えのために、荷物やらパスポートの検査で我先に!!と、大きな荷物をバンバン人にぶつけな がら前へ前へというアホな人達を、切符売り場で出会ったイギリス人のクレイグと日本人の大学生まことくん君、そしてガブと私4人であきれながら見つめてい た・・・
この光景は中国だけではなくインドでも見た光景だ・・・

中国は今でも興味深い国。
とてつもなく大きな国で、一つの国ではあるけれどいろんな顔を持つ国。
行きたいところはまだまだあるけれど、今回自転車で走った雲南省や四川省はとてもよかった☆
もう一度行きたい、というところがたくさんあった!
中華料理は好きだけれど、油をたんまり使っているので、たまにでいいかな。
モンゴルは私のあまり得意ではない、ラム肉料理がたっぷりという・・・
とにかく、蒙古斑を持つのはアメリカンインディアン、モンゴル人、日本人だけのはず!!
先祖が同じか、近いことは間違いない!彼らのお尻を見にモンゴルへ・・・

Freitag, 8. April 2011

メッセージ

シャングリラから北に向かって、4700m以上もの山々を必死に越える。。。寒さでか、標高でなのか、それとも坂が辛いのかよくわからないけれど、ペダルをこぐのがかなり辛い。一度だけ悪天候に見舞われ、突風と雪、あられを顔面に受けながら鼻水を凍らせて前に進んでいるつもりでペダルを必死に動かす。。。4000mくらいのところまで下り、隠れられそうな寝所を探しテントを張る。この日、珍しいスイスの友人からガブの携帯にメッセージが送られてきた。ここ中国は4000m以上の山の上でも携帯がつながる!!すごい! 彼からのメッセージは、私たちが今どこに居るのか、無事なのか。と・・・???私たちは彼に中国に居ることを伝えると、翌日彼からまたメッセージが届き、私の日本に居る家族や友人が無事でありますように。。。と?????日本で何かあったんだ!!!!!何があったんだろう???まさか、地震では・・・こんな山の上ではどうにもできない、たまたまこの日は一週間の長い長い辛い道のりを終え、久々に少し大きな村の安宿に泊まるときで、ちょうど久しぶりのシャワーを浴びようとしていた時に彼からのメッセージだった。 急いで宿の人にパソコンが使えるかを聞きに行ったけど、山から下りてきたとは言ってもこの村も標高4000mに位置し、電気が通らないことも多々あるようで、彼らのパソコンはインターネットも繋がらず、ホットシャワーと宿の人は言っていたのに、冷たい水しか出なかった。。。結局冷たい水で震えながら簡単に水浴びをするはめに・・・これじゃ、テント生活と同じだ。。。 どうにか日本の状況を知りたいと思っていたときに、パソコンを持っている外国人観光客が同じ宿に!!しかも一人は日本人じゃないか!!!彼も必死に日本の状況をインターネットからニュースを読んでいたようで、昨日あった日本での大地震、津波そして原発問題を簡単に教えてくれた。彼と、もう一人韓国の人にパソコンを借りて日本に居る家族や友人に連絡。無事を何とか知ることはできたけれど、どんな状況なのかが全く分からない。。。96歳のばぁちゃんは福島のいわきに伯父と住んでいて、無事なのかが分からない・・・かなり心配★でも、後日無事を確認。 インターネットだけではなく、テレビもなく何の詳しい情報もないまま走り続ける。。。中国のビザを延期するためにさらに先にある大きな村、康定(カンディン)に向かう。康定までの道のりにもさらに大きな峠越えがたくさんあって、私たちの残りのビザ日数ではとてもじゃないけど間に合いそうにない。。。(前から分かっていたので、途中でバスを利用するつもりだった)とりあえず走り出す。。。早速、長~い長~い上り坂が私たちを待っていた★そんなときに自転車も積めそうな警察の車が私たちの横を通る。あ~、警察とめてヒッチハイクすればよかった!!!と、後ろから同じくらいの大きさの白い車が★ とりあえずペダルをこぎながら、しっかりと親指を立てて車を止めようと試みる。。。救急車だ!!と、その救急車は私たちの前に停まり、まさかのまさか私たちを自転車ごと車に乗せてくれ、康定まで連れて行ってくれることに!!!!ラッキーすぎる。。。。 ここから康定まではバスで約10時間。しかし、ここ中国は警察などの公務員(救急車の人たちも)は何でもできちゃう!!彼らは私たちを乗せてものすごいスピードで狭い道を走り高い峠をどんどん越えていく。。。前に遅い車が居れば救急車のサイレンを鳴らして追い越す。しかも、三人のうちの一人若い人がビールを飲みながら後ろに乗っていたガブにも缶ビールを渡してきた☆本当に救急車だよな~と、もう一度車のステッカーを確認。間違いなく救急車だ!でも、彼らが何をしているのかは最後まで分からず。。。とにかく約6時間ほどで彼らは私たちを康定まで運んでくれた!!ありがたや~☆ ビザ延長申請の為には外国人も泊まれる(警察に登録がしてある)宿に泊まり、そこで私たちの身元証明を登録必要があり、テントは駄目!まぁ~大きな村や町ではテントが張れる場所を見つけるのも大変だけど・・・大きな村や町での宿探しは本当に難しく、安宿はほとんど外国人を受け入れられず、(警察のチェックがある)外国人は高い宿に行けと。。。見つけるのに時間がかかったけれど、どうにかそれほど高くない宿を見つけ、しっかり身元登録も。早速、久しぶりのテレビをつけ英語のニュースチャンネルを探す。。。ない!でも中国語で日本で起こった震災のニュースをしっかり流している。信じられない光景が目に・・・映像だけでもどんなにひどいことになっているかが伝わってくる・・・ インターネットショップを何件も回ったけど、やっぱり外国人を一切拒否。最後の一軒、駄目もとで聞いてみる。そこは唯一外国人登録がしてあるようで、私たちも使うことができた!インターネットから日本の状況を少し知る・・・ つい最近二度目の大きな地震があったニュージーランドのニュースを耳にした後、まさか自国でもこんなことになるとは・・・そして原発問題。原発に関して全く知識のない私は、どんなに危険なのか、これからどうなってしまうのかも分からない・・・とにかく、二次災害、三次災害と広がらないことを祈るだけだ。。。神様、お願いします!! 翌日ビザ申請のために、出入国管理の警察署へ。中国の観光ビザは通常一ヶ月ごとに申請でき、二回だけ延長できる。(計三ヶ月間)今回は私たちにとって最後の延長申請。私たちの今現在のビザが切れるのが5日後、彼らが言うには延長申請を今日してしまうと、残りの5日間が消えてしまうので、5日後に申請に来たほうが良いのでは?と。自転車で旅をしている私たちにとっては5日間という時間は貴重なので、仕方なく5日後に申請することに・・・ここ中国にはどんなに小さな村でも警察署があるが、ビザの申請ができる場所は決まっていて、この為に私たちはここ康定まで来た。ここからは更に北に向かって小さな村々を走る予定だった・・・だった。と言うのはこのアホな康定警察のせいで、私たちの予定が全て狂ってしまうことに!!予定だけではなく、宿代や交通費、そしてお金で買えない時間までも彼らのせいで無駄にすることに!!! ビザ申請をするまでの時間はもちろん、インターネットで日本のニュースばかり見る。そして食。運悪く、ガブも珍しく私までもが何かに食あたりし、二日間ほど下痢と嘔吐に襲われる・・・トイレとお友達★ 警察はわざわざ私たちが泊まる宿主にまで電話をかけてきて、私たちがまだそこに居るか、明日は申請に来るかを確認してきたらしい。この町もチベットからそれほど遠くなく、周りにはチベット人たちが住む小さな村々がある。きっと、警察は私たちが自転車でこっそりとチベット入りをしないかを心配しているのかもしれない。。。 翌日警察に行き、全ての必要書類を渡す。数分後、同じ警察が戻ってきて何を言うかと思えば・・・『パスポートに貼るビザステッカーの在庫がないので、ここ康定ではビザの延長申請は不可能。大きな街、成都(チェンドゥ)の出入国管理警察に行ってくれ!』と・・はぁ~??????何言っているんだこのアホ警察!!その成都はここからバスで約8時間。しかも今日で私たちのビザは期限切れ。明日は土曜日で警察は閉まっている。私たちが申請に来ることも分かっていたし、お国でやっている出入国管理局(警察)が、そんなんでいいのか・・・いや、ここ中国は警察だからこそ何でも言える、何でもできる。。。実際にステッカーがないことが本当なのかは未だに分からないけれど、それともチベット地区から私たちを遠ざけたかったのか分からない★ ビザは手書きじゃないのだから、私たちの詳細をパソコンに入力して、ステッカーが届いたら印刷すればいいだけじゃないのか??と言うと、ステッカーがいつ届くかも分からないし、それは僕の仕事じゃないから分からない!と。アホ過ぎる・・・上司は更にアホで、私たちに向かって手で追い払うように成都に行け!成都に行け!と。。。しまいには、冷静に彼らのアホ振りに対応していた私たちに対して、『ヨーロッパや日本に僕達が行くのにはビザの申請が難しいのに、中国はこんなに簡単に君達にビザを与えている!』と個人的な感情までも。。。彼の大事なところに蹴りを入れてしまう前にここを退散したほうがよさそうだ。 結局成都に行かざる終えず、とにかく成都の管理局に電話も入れてもらい、しっかりと私たちのビザの詳細を一筆書いてもらいアホな警察署をでていった。 既にお昼を過ぎていたけど、急いで荷物をまとめ成都方面へ走る。バスはなく、ヒッチハイクもうまくいかず、結局隣の町まで走った後、翌朝出るバスを待つことに・・・自転車の部品(タイヤなど)をはずしてバスに積み込み、成都へ!康定のアホ警察が土曜日は出入管理局は閉まっているけれど、私たちのために開けて待っていると。成都に到着し、直で警察に向かうと警備員がドアのところに立っていて、今日は休みだから月曜に来てくれと。書類を見せても同じことを言う。へ???警備員の携帯を借りて康定のアホ警察に電話すると、そんなはずはない!と・・・そんなはずがあるのだ!とにかくアホから成都の担当者に電話を入れてくれ!!約三十分後くらいに担当の女性が私たちのところに来てくれた。結局週末はビザの申請はできないと・・・そしてまずは宿を見つけ、そこで私たちの身元証明を登録し、月曜日に来てくれと、丁寧に説明してくれた。宿探しへ。。。ここ大きな街には、私たちが今までに泊まった宿よりも倍ほど高い宿しかなく、少しでも安い宿を見つけるのに二時間以上もかかったが、どうにか見つけ、月曜日には無事に申請ができ数日後にようやくビザ取得! 私たちが走ろうと予定していたルートからかなり外れてしまい、元の場所に戻る気力もなくもう一度ルートを考えることに・・・ここ中国から日本へ、もしくわ韓国経由で日本に入り、九州から北海道に向かって走ろうと予定をしていたけど、今日本をのほほんと走る気にもならず、食べ物や水問題で大変なときに家族や友人のところに居候するのも気が引ける・・・ならばずっと行ってみたいと思っていた『モウコハン』の源、モンゴルを走ろう!!!ということに。早速モンゴルのビザ申請、中国とモンゴルの唯一の国境に近づくために中国の首都、北京へ・・・・!!!!成都から電車で約32時間。 北京ではありがたいことに、カウチサーファーと同じような仕組みのウォームシャワーと言う自転車で旅をする人たちのサイトから、RayとFlorence、三匹の猫の家にお世話になることに★ 本当にありがたいことに、彼らの家では部屋だけではなく、台所もシャワーも全てを私たちだけで使わせてもらえ、私たちにとっては五つ星ホテルなんかよりも優雅に、かなりのんびりさせてもらった・・・ガブも私も通常は大都市があまり好きではないけれど、ここ北京は意外にも興味深いものがたくさんあり、大きな街を自転車で走るのが嫌いな私も、ここ北京には自転車のスペースがあり、気持ちよくまでとはいかないけど、かなり乗り回すことができた☆ モンゴルのビザ申請も無事に終わり、自転車の壊れた部品などを取り替え、着々と次への準備が進んでいった。 もちろん、北京ダックもしっかり堪能!!しかも、彼らにご馳走になってしまった・・・このお返しはいつの日か・・・モンゴルは私たちの友人、あのSvenスベンがまたまた私たちと合流し一緒に旅をすることに!!もちろん、チーズフォンデュとチョコをスーパーで半額を見つけたら持ってきてと、お願いしました!! 明日は内モンゴル(中国)に向かって北京を出発。ここからモンゴルの国境まで約800kmくらい、万里の長城も通過する予定!!!楽しみ★

Mittwoch, 9. März 2011

大好きなおじいちゃん

中国に入ってなかなかインターネットが使えない・・・


インターネットを使うには中国人証明書の提示が必要。と、いうことは外国人の私たちは使えない・・・ラッキーなことに友人のパソコンを使って、久々にブログがかける・・・



ラオスで友人のJens&Zuzkaとうれしい再会。


そんな嬉しい再会のときにスイスのガブの実家から悲しい連絡が・・・


大好きな大好きなお爺ちゃん、ガブのお爺ちゃんが深い眠りについた。と・・・


築300年以上という博物館のような家に住んでいたお爺ちゃん。この家はガブの家族の別荘でもあって、クリスマスや正月は家族全員が集まる家。ガブと私は週末もよく遊びに行っていた。81歳で身の回りのこと全てを自分でやっていた。スキーだって、ピュンピュンときれいなフォームで滑っていた。


あと二週間もしないで82歳だった・・・方耳に大きな金のピアスをつけているお爺ちゃん。


がっちりと筋肉もしっかりついたお爺ちゃん。挨拶でハグをすると力強く笑って迎えてくれたお爺ちゃん。初めてお爺ちゃんに会ったときは日本にはスパゲティーがあるのか?フォークやナイフはあるのか?と・・・


日本からチョコレートを土産で持っていったときは、スイスチョコが一番、日本人がチョコを作れるはずがない!と、ベルギーチョコの会社でも働いていた爺ちゃんが、日本チョコを顔をしかめながら食べる・・・『旨い!!』スイスチョコより旨いかも・・・とバクバクと食べてくれたお爺ちゃん・・・


負けず嫌いで、家族でよくやったゲームではいつも本気で熱くなり、テーブルをよく叩いていたお爺ちゃん・・・


80歳のときに私たちの結婚式のために日本まで来てくれたお爺ちゃん・・・


スイスに帰ったら一緒に色んなことをしたいと思っていたのに・・・あの大好きな大好きなお爺ちゃんに、もう逢えないなんて。信じられない。信じたくない・・・


でも、元気なうちにあの世に行きたいと言っていたお爺ちゃん。誰にも世話はかけたくないと言っていたお爺ちゃん・・・きっと、これでよかったんだ★


今頃ワインでも飲みながらお婆ちゃん達と楽しくカードゲームでもしているんだろうな・・・


もう会えないと思うと悲しくて悲しくて辛いけれど、お爺ちゃんに出逢えたことだけでさえも、本当に感謝・・・大好きなお爺ちゃんありがとう!!



悲しい実家からの連絡の後、涙をたくさん流し、ラオスのルアンプラバンから三日間Jens&Zuzkaと一緒にさらに北部へ走った。


ガブと私はラオス北部から山だらけの道を走って中国へ。Jens&Zuzkaはベトナム経由で中国へ。一ヵ月後くらいに中国での再会を約束して・・・



山・山・山・・・


ラオスから中国へ!!


地図を見てわかってはいたけれど、ここは本当に山だらけ。


中国はそれにしてもデカイ!!!私たちは雲南省、中国のほんの一部を走り続ける。


辛い辛い道のりが毎日待っていたけれど、景色はもちろん最高!!そして、中国独特の古い家並みや民族にもたくさん出逢える☆どのように彼らが暮らしているのかがほんの少しだけど見ることができる。


中国でも、ちょうど休暇にあたったのかラッキーなことに何度か小学校で泊まることもできたり、道の脇の林で身を隠してテントを張って寝たりと・・・もちろん、中国のホテル(特に西側は東側に比べると)はまだまだ安く、200円から500円くらいでテレビもついて清潔な部屋に泊まることができる。



ここ中国でも、中国独特の素敵な古い建物が並ぶ村が少なくなり、残念ながら変な組み合わせの色を使った家(赤や青や黄色を一つの家につかっていたりと・・・)や異常にモダンな家が並ぶ町が多くなってきている。そして、色んなところで道路工事が行われていて全てが近代化してきている・・・


村の人たちにとってこの近代化はいいことなのだろうか、それとも昔からの文化が崩されることもたくさんあるだろうから反対意見もあるのだろうか・・・


でも、ここ中国では政府が決めたことに何もいえないのかもしれない・・・ここにトンネルを作るから退け!と言われたら、退くしかないのだろう・・・


山を走っていて驚いたのは、どんなに高い山でも山の頂上までバナナ畑や茶畑など、全てを畑として耕している。そして、働いているのは女性ばかり・・・


どこを見ても男はタバコと酒、そしてギャンブル漬け・・・昔は日本もそうだったのかな???



食!食!食!旅の醍醐味は食!!


中華料理を楽しみにしていた私たちはもちろん、毎日のように食を楽しんでいる・・・でもやっぱり油っぽいものばかり。本場のマーボー豆腐は何度かがっかりさせられたけれど、肉マンは本当に最高に旨い!!毎日走っていてもこんな食事ばかりしているので、痩せはしない・・・少なくとも私は。腿ばかりが太くなるばかり・・・(ガブは何故か痩せた。。。ズルイ!)


更に北へ走っていくとチベットとの国境近くになり、(中国のはずなのに何故か中国とは違うビザ&グループツアーが必要。きっと、金儲けのためでもあるのだろうけど)


ストゥパというチベット仏教の白い塔にチベットの旗を目にするようになり、その旗が風でなびき、その光景が青空にものすごくマッチしていてものすごく素敵!!


そんな景色がものすごく気に入った私たちは、さらに北へ走ることに・・・もちろん4500m以上の山越えが何度も待っているけれど、天候さえよければどうにかだりそうだ。ガブもいるしね!!


その前に、一週間ほど自転車とバイバイしてベトナムから中国入りをしたJens&Zuzkaに逢いに・・・



Samstag, 8. Januar 2011

山を越えてラオスへ・・・

明けましておめでとうございます・・・!!兎年??
今年も健康第一で、素敵な年になりますように・・・

約一ヶ月の休憩から自転車復帰!!
タイのビザが切れるギリギリまでとりあえず、安静にしていたのでタイとラオスの国境まで約500kmの山だらけの道のりを6日間で走らなくちゃ・・・
大好きなタイから出るのは悲しいけれど、以前から行ってみたいと思っていたラオスにやっと行けるのも楽しみ!!

タイには本当に親切な人が多く、ラッキーなことに寝所もテントを張るのに毎回許可してもらえ、しかも水浴びもできるし、トイレまで使えた!!
タイ北部では白米の代わりにもち米を食べるところが多く、指で団子のように丸めて辛い肉炒めなどにつけて食べる。これがまた旨い!!!止まらない!!!

年越しは小さな村で・・・自治会館のようなところの広場に小さなステージが設置され、9時くらいには村の人たちが集まってきて、東南アジアでは未だ大人気のカラオケと、若い女の子たち数人がステージの前の囲いでダンス(身体を少し揺らす程度・・・)、そしてその姿を囲いの外から突っ立って眺めている人たち・・・この光景は本当に不思議だった。
元旦には国境に近づき上り下りの激しい山道を必死にこぐ・・・どこを見ても山だらけ・・・せっかく上ったと思ったらまた下り、そしてまた急な登り・・・なぜェェェェェ~
自分で好きでやっていることだけれど、この時だけは本当になんでこんな辛いことやっているんだろ~??もう無理!!と思うことも多々と・・・でも、景色はすばらしいこともたくさん!

どうにか国境に予定通りビザ最終日に到着!!
と、銀行はもちろん、両替所もない・・・タイバーツはラオスでも使えるというけれど、全部で2千円ほどしかない。。。まぁ、どうにかなるだろうと走り続ける。
ラオスではLuangPrabang(ルアンプラバン)という大きな町で、他のルートを走っている友人Jenz&Zuzkaとの再会を果たすため、またまためまいがするほどの山道の連続を走りぬける・・・

ラオスに渡って小さな村を走り抜けると、そこはまだまだ貧が強く、掘っ立て小屋が並んでいる・・・鼻を垂らしたまま、古い洋服を着て裸足で歩く子供たち。”サバディ~”と挨拶をしてくる人たちもいれば、笑顔ひとつなく私たちの姿に驚いてか、ただただ私たちを見つめる人たち・・・
家には水道がなく、2~3kmほど先の川辺まで歩き、水を汲む人たち、水浴びをする人たち。

国境は渡って約70kmほどでメコン川に到着。そこには私たちが見た小さな村とは大きく違い、たくさんのホテルが建っている・・・しかも、一泊70ドル~100ドルとありえないほどの高額・・・この村の人たちの家や服装も、私たちが見た他の村とかなり貧富の差がある。
もちろん、私たちは観光客村には泊まらず、そこからボートを利用して、約3時間ほどで目的地のルアンプラバンに到着・・・

一週間ほど山の中にいたので、町に来ると一気に排気ガスが目と喉に入ってくるのがわかる・・・身体もかなり疲れていて、腿はパンパン(前からだけど・・・)肩はガチガチ・・・ここルアンプラバンでは少し休憩をすることに!!
この町も私が勝手に想像していた以上に観光地化されていて、川沿いの一角はすべてゲストハウスとレストラン。外国人しか居ないんではないかというほど・・・そしてもちろん私たちにとっては全てが高額!
テントを張るところもないし、少し離れたところに安宿を見つけ、そこで疲れた身体を癒すことに!!!あ~~~久しぶりのベット☆

Jens&Zuzkaとは連絡が取れず、彼らからのメールがないかインターネットを探しに行っている時に、見たことのある二人が自転車で走ってくる・・・”あ~~~~~”と、本当にラッキーなことに彼らがちょうどルアンプラバンに到着したところで再会!!
これからの計画を立てたり、自転車を洗ったりチェックしたりと、毎日あっという間に過ぎていく・・・

ここラオスではフランスパンを食べる習慣があり、私たちも朝はパンを買って贅沢にもチョコクリーム”NUTELLA”をつけて食べる・・・あ~幸せ☆
こんな日々をすでに6日ほど・・・3日間ほどJens&Zuzkaと走る予定で、そろそろ出発しようかと、そんなときに彼らが下痢P~にょに・・・時間はある。もう少し休んでから出発!!
ここからさらに北へ向かい、Jens&Zuzkaはベトナム経由で中国、そしてドイツまで。。。私たちは中国、そしてずるして電車&船を利用して日本に向かう予定!!
彼らとは中国で、またまた再会予定。楽しみがまた増える。

ここから先もさらに山が待っているみたいだけれど、どうにかなってほしい・・・自転車が壊れませんように!!この自転車で日本も走りたいんです!!
自転車で旅をしている人たちの自転車はものすごく頑丈そうで、当たり前だけどものすごく高い。彼らの自転車も一台20万円以上・・・ガブと私はサイクリストでもないし、全てを自転車で走りたいというわけではないから、気が向いたときにその国で安くてよさそうな自転車が見つかれば購入。もちろん、壊れることも高い自転車に比べれば多々・・・今回の自転車は三台目で約8000円くらい。本当にがんばって走ってくれている。

日本帰国もそんなに遠くない!!帰国してまず食べたいもの。納豆&日本の白米!まずはラオスと中国を少しでも見ること、知ることができればいいな・・・