Dienstag, 22. Juni 2010

人の価値、恐るべし船旅

7000以上もの島々からなるフィリピン。
ガブと私は片手で数えられるくらいの島にしか行かれなかったけど、地元の人たちも利用している交通手段(ジプニー、バス、船)を利用したので彼らの生活の一部も少しは目にすることができた。

途中で出会ったフランス人のREMI(レミ)と一緒に海沿いに建つ家の庭にテントを張らせてもらい、一泊!朝三人で海を眺めながら話をしていると、一人の年配の女性が私に近づいてきて私の腕をつかみ何か言っている。。。初めは何を言っているのかわからなかったけれど、彼女の後ろにいる子供たちの中の15-16歳くらいの女の子を指して『一人男を譲ってくれ!!この子をもらってくれ!』と。。。
REMIは数日前にも12歳の娘を差し出されたと。

私にとって自分の娘を差し出すなんて。。。なんて思っているけど、それは私には着る服があり、食べ物にも困らず寝る場所もあるからなんだろう。。。娘を差し出す母親も以前、自分の母親にそうされてきたのかもしれない★自分の家族を食べさせるために。
もちろんフィリピンだけではなく、未だにいろいろな国で人の売買が行われているのだろうけど、人の人生を売り買いすること自体、なんて切ないことだろう。。。

ダイビング王国のフィリピンではダイビングには行かず、スノーケリングを満喫☆首都のマニラでは貧富の差を目のあたりにし、考えさせられることが多かった。。。
交通量がものすごく、排気ガスだらけのマニラでは喉を痛めてしまい、フィリピンからコタキナバル(マレーシアのボルネオ)行きの飛行機の中ではついに6年ぶりの高熱が。。。
コタキナバルに到着したときにはヘロヘロでバックパックをどうにか背負い、カウチサーファーの家に。有難いことに一部屋を私とガブに与えてくれて、どうにか翌々日には体調も回復!!

コタキナバルでは有名なキナバル山4095mの国立公園へ★毎日暑くて汗だくだった私たちは久々に山に来て涼しむことができ、体の調子も戻りハイキングを満喫!
ここマレーシアのボルネオ島にも世界で有名なダイビングスポットがあるということで、ガブと私は7年前にオーストラリアで取ったダイビングのアドバンスライセンスを無駄にしない為に、ここで潜れないだろうかと。。。
有名なシパダ島はダイビングのお値段もさすがに観光客向け。。。高い!!そして2004年からはシパダン島への入島制限が始まり、一日120人までと。毎日たくさんのダイバー達がこの入島許可が取れるまで、何日も時には一ヶ月もここシパダン島で潜るために待っているという。。。
私たちもダイブショップを何件か回ったけど、次の入島許可は一週間後であったり、二週間後。。。
しかし最後の一軒で二日後にキャンセルが出たので、二人空きがあるという。。。
ガブと私は6~7年も潜っていなかったので不安もあり、それよりも何よりも私たちにとっては値段が問題!!私たちのこの旅でエンターテイメントに一度もお金を費やさずにきたので、いっぱい悩んだ末このチャンスを逃したら、きっと二度とシパダンでは潜れないかもしれない。。。ということで大奮発!!!!
大きな海がめや小さなサメ、名前は分からないけれど見たこともない色んな色の魚がた~くさん!!

別世界を楽しんだ後は、インドネシア行き(カリマンタン→スラウェシ)の船に。。。二日間の船旅!この船がまたまたすごい!!何がすごいって、船には1500~2000人、そしてものすごい量の荷物に鶏やチャボも。船が出港する8時間前にはすでに船はいっぱい。。。どこに行けばいいのでしょうか。。。??二日間もどこで過ごすの??寝る場所なんてなく、陣取りはいつ行われたのかは分からないけれど私たちの場所なんてまったくない!!とりあえず私たちも船にある小さなレストラン(カップヌードルと飲み物しか置いていない)で待機。

船は以前日本で使用していたもののようで、食券販売機やビールの自動販売機が置いてあり、(現在は使っていないけど)食券の中には焼きそばやラーメン、日本酒があり、何度も生つばゴックン。。。
日本人たちがこの船を使用していた時はどんな感じだったのだろう???トイレも清潔ではなく、順番待ちをしている私たちの前で当たり前のように床で用を足す若い女性も!!そんなトイレで運命の出会いが!!
船で出航を待つこと6時間、私がトイレで順番待ちをしていると一人の女性が入ってきたので、この船には、私たちが購入したエコノミークラスのチケットしかないのかどうか聞くと、彼女はバグースクラスという私たちのチケットの倍の値段もするチケットを購入し、8人部屋のキャビンにいるという。。。しかも、二人分のスペースがあるからおいで!!なんて言ってくれた。。。もちろん無料で!!
ガブを呼びに行って、彼女Elni(エルニ)のお言葉に甘えElniの姉妹や友達に挨拶をし、ずうずうしくも二日間彼女たちのキャビンで寝泊りさせてもらった!本当にラッキー☆★☆
船旅はElni達のおかげでどうにか乗り越えられたけれど、船上は人もゴミも食べ物も色んなものがごっちゃごちゃで足の踏み場もない状態。もちろんアナウンスも全てインドネシア語で私たちには何の情報かも全く分からず。。。

Elniとは片言の英語でやり取りはしたけれど、大体は身体で表現!彼女たちは私たちがハイキング目的で行こうとしている、スラウェシのTana Toraja(タナトラージャ)出身という。彼女達は実家であるスラウェシを離れてマレーシアに出稼ぎに行っているという。Elniのお姉さんは実家に5人の子供が居て、今回は久々の再会みたい。。。
ということで、スラウェシ島到着後も彼女たちと一緒にバスに乗って、さらに5時間の旅。。。
Elniとは電話番号を交換し、みんなともお別れ!
カウチサーファーが見つからなかったTana Torajaでは泣く泣くゲストハウスに泊まることに★
ここTana Torajaは昔からの文化がまだまだ残っているようで、ガブも私もかなり楽しみにしている!!!どんな文化なんだろう???

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